排尿への考え方(サーカディアンリズムと排尿障害)

排尿への考え方
(サーカディアンリズムとサルコペニアとテストステロンと排尿障害)

私共の排尿障害に対する取り組みは、低侵襲手術の日帰り化に留まらず、こうした排尿障害治療の他にある加齢や生活環境から起こる排尿障害にも目を向けています。私は、大学病院で約1000件のレーザー手術を経験しております。排尿障害をお持ちの方は数千人以上の治療に携わっております。その中で、手術で治療可能なものとそうでない部分にも目を向けて治療に取り組むことが重要と考えています。手術を行ったからすべてが改善するわけではありません。男性の前立腺肥大症手術や女性の尿失禁レーザー手術低侵襲手術を低侵襲化、日帰り化を行うことは非常に重要なことではありますが、良くならない部分もあります。その方が持つ排尿障害をすべて治療できるわけではありません。こうした疑問から研究を進めて参りました。
例えば、夜間3回の排尿回数は、手術を行うことで1回程度は軽減しますが、手術のみでは改善しません。その原因には、前立腺や膀胱などの下部尿路機能の変化が関わっているだけではないからです。
夜間の尿の回数は、「年だから」と諦めている方が多くいます。この夜間回数は、年齢により変化であることは間違いないのですが、そのメカニズムには、①ホルモン概日リズム(サーカディアンリズム)と②虚弱(サルコペニア・フレイル)、③テストステロンと加齢の関係を理解することが必要です。

ホルモン概日リズム(サーカディアンリズム)

2017年に3人の学者がノーベル賞を受賞し研究が進んできている分野ではあります。人間の体のリズムを作るホルモンのバランスが重要であることは知られています。例えば、何気なく送っている生活の中にも、朝お腹がすく理由や自宅に帰るとリラックスする理由、夜眠くなる理由があります。それらは、カテコラミンやセロトニン、メラトニンなどのホルモンの分泌で起こっています。さらには、最近の研究の成果で肺・肝臓・腎臓・膀胱などの各臓器が自立的に体内時計をもち様々な機能を調整していることが分かっています。では、夜間回数とどのように関係をしているのでしょうか。泌尿器科の分野では、夜間頻尿の原因の中に、夜間多尿があります。この夜間多尿は、年齢が上がると必ずと言ってよいほど起こってきます。夜間多尿とは、65歳以上では、1日の尿量が33%以上で夜間多尿となりますが、実際には夜間入眠後1L近くの尿を産生している方も多く認めます。若いときは夜間に排尿に行かなかったのに、年齢が上がることで夜間に多尿に尿が作られてしまう。これが夜間多尿です。夜間の尿産生を押さえるホルモンとしては、バソプレッシンが重要です。バソプレッシンは、脳下垂体から分泌されるペプチドホルモンで、ヒトでは視床下部で合成され脳下垂体後葉から分泌されています。このバソプレッシンは、夜間に尿産生を抑える働きをしていますが、加齢によるサーカディアンリズムの変調により分泌される時間や受容体の減少が起こります。こうしたバソプレッシンの分泌を薬剤により調整することは可能であり、分泌が低下した加齢の変化を理解し生活リズムの変化をさせることも重要です。また、カテコラミンの高値による夜間腎血流の増加のメカニズムや神経反射に関係する血清グリシンの低下が敏感な膀胱を作り出します。さらには、睡眠に関係するメラトニンの分泌の低下により浅い睡眠しかできない状態になります。また、習慣からくる多飲は心臓にあり体液バランスの調整を担う心臓ナトリウムペプチドを刺激して夜間多尿や夜間頻尿を構成しています。
こうした状態は、生活習慣の変更や治療により夜間多尿・頻尿は改善可能なものになってきています。

虚弱(サルコペニア・フレイル)

体の虚弱と排尿障害には関連があります。実は、夜間3回以上排尿に行くと、男性では1.9倍、女性では1.3倍寿命が短くなることが6000人以上の規模の調査でも分かってきています。夜間3回以上の排尿がなぜ虚弱と関係するのか。そこにはAge-related Sleep Changes(年齢による睡眠の変化)が関連しています。ヒトは、夜間に体の免疫や体組成を構成するために必要なIGF-1、GH(成長ホルモン)、コルチゾール、テストステロン(男性ホルモン)などの分泌が起こります。それが年齢により夜間多尿により夜間排尿に起き、メラトニンの低値により浅い眠りしかできない、さらには、排尿障害により排尿にスムーズにできないなどの障害が起こることでこれらの重要なホルモン分泌が低下する可能性があります。

IGF-1受容体結合

哺乳動物のラパマイシン標的(mTOR)発現を活性化。mTOR経路は、成長因子、栄養素、筋肉活動、低酸素、および細胞ストレスからの多様なタンパク質合成シグナルを統合。

GH

肝臓におけるIGF-1合成。間接的な同化作用だが、筋細胞の血漿膜受容体に結合。タンパク質合成の増加により筋肥大。

コルチゾール

筋肉異化作用を増加させ、タンパク質合成。また、筋肉内IGF-1合成を阻害。REDD1をアップレギュレート。タンパク質合成を低下させるmTORおよびS6K1を阻害。

テストステロン

筋肉細胞の成長を促進する。細胞質アンドロゲン受容体活性化は、核転写を増加、タンパク質合成を刺激する。この同化作用はまた、mTORの活性を遮断するタンパク質であるRegulated in DevelopmentおよびDNA損傷応答1(REDD1)の阻害によって間接的に増強される(Wu et al.2010)。

これらのことが分かっており年齢による睡眠障害の改善は重要であり、その中でも夜間多尿による睡眠の中断には注目すべきだと考えています。特にテストステロン(男性ホルモン)は、筋肉同化にも関係をしており、男性ホルモン値の低下は虚弱になる可能性を高めていきます。

男性ホルモン(テストステロン)

男性ホルモン(テストステロン)は、性的なイメージがあるかもしれませんが、実は、体を構成する重要なホルモンであり女性にも存在します。男性ホルモンは精神活動にも影響し、やる気や集中力・冒険心や競争心のホルモンとも言われています。さらには、加齢のバイオマーカーとしても研究が進んでおり長寿のホルモンともされています。男性ホルモンは、脂質代謝(メタボリックシンドローム)・骨代謝(骨粗鬆症)・糖代謝(糖尿病)・認知機能(認知症)・血管機能(血管のしなやかさ)・がんの重症度などにも関連していることが報告されています。こうした、男性ホルモンの低下は男性では年齢と共に訪れますが、こうした状態は、男性更年期障害と呼ばれ治療の対象となります。男性更年期障害は、医学的には加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)とも言われています。症状には、「物忘れが多くなった、不眠、耳鳴り、耳の聞こえが悪い、めまい、不眠、白髪や脱毛が増える、目が疲れる、目がかすむ、無気力・脱力感・不安感、食欲不振、生理不順、むくみ、性欲減退・遺精・早漏、頻尿、尿の出が悪い」などがあります。これは、東洋医学でいう腎虚の状態に似ており、以前から知られていた体の変化ではありますが、近年科学的に証明されてきています。
こうしたテストステロンと排尿障害の関連がしられてきており、夜間頻尿の治療で男性ホルモンの低下が改善し、テストステロン補充療法やバソプレッシン受容体発現の正常発現が回復することにより夜間多尿の改善に寄与する可能性があることも報告されています。さらには、テストステロンの低下が膀胱過活動と排尿筋過可動(DO)の原因となっていることも報告されています。排尿筋過可動(DO)の病因としては、肥大した筋細胞は正常細胞よりも電気的に安定性が低く、肥大した膀胱収縮に対する刺激の閾値が低くなる可能性があることも分かっています。すなわち、テストステロン値の改善により尿道の刺激性(DO)を改善することで頻尿や尿の勢いを改善することも分かっています。
こうしたテストステロンやホルモンバランスは前立腺肥大症の成長にも関与していると言われてきています。
前立腺の加齢に伴う成長は、歴史的に言われる血清アンドロゲンの単なる増加または減少だけでは説明できなくなってきており、

  • ホルモン比(アンドロゲン対エストロゲン比)
  • 前立腺内ホルモンレベルの変化
  • ホルモンおよび各受容体の改変作用
  • 前立腺内酵素(例えば5AR)のシフト

アンドロゲン依存性の

  • α1-アドレナリン作動性受容体活性
  • ホスホジエステラーゼ5型活性
  • Rho-キナーゼ活性化/エンドセリン活性

に対するテストステロンの効果などが関係して来ていると言われています。

Relationship of sex hormones and nocturia in lower urinary tract symptoms induced by benign prostatic hyperplasia
Myung Ki Kim,Chen Zhao,Sang Deuk Kim,Dong Gon Kim &Jong Kwan Park Pages 90-95 | Received 13 Oct 2011, Accepted 18 Jan 2012

アンドロゲンは海綿組織におけるPDE5遺伝子およびタンパク質発現を増加させ、一酸化窒素合成酵素(NOS)を正に調節する。これらの酵素は膀胱内でも発現しており、排尿筋に弛緩作用を有する

Neuronal nitric oxide synthase in the neural pathways of the urinary bladder YUAN ZHOU1 AND ENG-ANG L ING2
" Department of Experimental Surgery,Singapore General Hospital, and # Department of Anatomy,National University of Singapore, Singapor

高齢者の排尿障害を診るときには、前立腺肥大症や過活動膀胱など下部尿路障害のみの状態を改善するのではなく、また、手術のみの治療ではなく、体全体の筋肉量やホルモンバランス、年齢による様々な機能低下も加味した診療をすることで、『排尿を入り口に体が元気になる』方法を模索することができます。

当院では、薬物療法・手術療法の他、排尿力ドック・男性力ドックなどで体のホルモンバランスや筋肉量を測定しより適切に排尿障害を治療しています。

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