慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群とは
慢性前立腺炎/慢性骨盤症候群は、細菌感染の徴候がなく、検査ではっきりとした炎症症状などが見受けられないのにも関わらず、慢性的に会陰部や肛門など下腹部に不快感や疼痛があり、頻尿や残尿感といった排尿症状や射精時の痛み、違和感といった性機能症状などが生じる疾患です。
前立腺肥大などと異なり、10歳代後半から40歳代と比較的若い世代に多い疾患です。
原因ははっきりしていませんが、下腹部の感覚を司る神経系の異常に、前立腺周辺の血流障害、自己免疫反応、ホルモン関連の異常、排尿症状からくる前立腺への影響などが複雑に絡み合っているのではないかと考えられています。
この疾患は、精神的なストレス、過労などの心理的側面や、喫煙、過度の飲酒といった生活習慣、自動車やバイク、自転車、長時間のデスクワークといった座った姿勢を長時間続ける習慣、冷え性などの体質によって症状が強くなる傾向があります。
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群の症状
この疾患には、はっきりとした特徴的な症状はなく、患者様それぞれであらわれ方が異なりますが、一般的に共通しているのは、下腹部から会陰部、太股などに不快感や疼痛などがあらわれることです。会陰部の他、腰、膀胱、尿道、鼠径部、太ももなど前立腺とは関係ないような部分にも症状があらわれることがあります。さらに頻尿、残尿感といった排尿症状や、射精時の痛みや違和感、勃起障害といった性機能障害などがあらわれることもあります。
以下のような状態が続く場合、ご相談ください。
- 精巣や陰茎の不快感が続いている
- 鼠径部や股の付け根のあたりの痛み、違和感、不快感が続いている
- お尻がムズムズと落ち着かない感覚が続いている
- 排尿の際や射精の際に痛みや違和感が起こる
- はっきりしないが下腹部が重たい感覚が続いている
など
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群の原因
この疾患は、まだ原因がはっきりと究明されていません。ただし、前述の通り、慢性前立腺炎と診断されても、ほとんどの症例では実際に前立腺に炎症症状が認められないことから、骨盤部や下半身の知覚や運動を司る神経の障害、前立腺周辺の血流の障害、副腎からのホルモンや性ホルモンなどの異常、排尿障害による前立腺への影響などが複雑に絡み合って発症するのではないかと考えられています。
こうした症状は、ストレス・過労といった心理的要因、長時間座っている生活習慣、喫煙や過度の飲酒などの嗜好品といった要因によって悪化することが知られています。
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群の診断
問診、尿検査、直腸診による前立腺検査、前立腺超音波検査、採血によるPSA検査などを行いますが、はっきりと検査による異常が認められないケースが多く、診断が非常に難しい疾患です。そのため、症状に苦しみながらも、正確な診断がなされていない、潜在的な患者様も多いのではないかと考えられています。
NIH慢性前立腺炎症状スコア(NIH-CPSI)
米国の国立衛生研究所(NIH)が提唱した慢性前立腺炎症状スコアという国際的な問診票を使って、痛みや不快感、排尿症状、生活への影響など重症度を評価します。
米国国立衛生研究所慢性前立腺症状スコア(NIH-CPSI)
尿検査
尿に濁りがないか、潜血はないかなどの他、細菌感染の有無なども調べます。
残尿測定
排尿直後に膀胱の超音波検査を行い、残尿量を調べます。
排尿日誌
頻尿など排尿症状が強い場合、排尿日誌によって1日の排尿の回数、量、状態などを記録することで、頻尿の原因をつきとめます。
直腸診
肛門から医師が指を挿入し、数cm入ったところで直腸越しに前立腺に触れることができます。前立腺の状態が正常であれば特に痛みなどは感じませんが、慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群がある場合、強い痛みを感じることや、前立腺の一部にしこりを感じることがあります。また直腸診の際、医師が前立腺マッサージを行うことで、一時的に症状が軽快することがあります。その場合、前立腺周辺の血流の悪化も一因として考えられます。マッサージ後に尿検査を行うことで尿中に白血球が出ている場合は炎症が疑われます。
経直腸的前立腺超音波検査
直腸内に専用のプローブを挿入して超音波検査を行うことによって、前立腺の肥大状態やがんなどを発見することができます。この疾患では器質的な原因を除外診断していくことも大切になります。
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群の治療
この疾患は、原因や発病のメカニズムなどがまだはっきりと分かっていませんので、完治治療のための確立した方法はありません。しかし、薬物治療や生活指導によって対症的に症状を緩和させていき、QOLを回復させていきます。
薬物の内服を2~4週間続けることで症状の改善をはかることができますが、いつの間にか再燃してしまうことや、再発を繰り返してしまうケースが多くみられます。
生活指導
香辛料の過剰な摂取、過度の飲酒などを避け、食生活を改善していきます。また喫煙も悪化要因の一つですので、禁煙を進めていきます。長時間のデスクワークや運転なども悪化要因となります。こまめに休憩をとり、立ち上がってストレッチなどを行うようにしましょう。また、可能であれば外周りの仕事などを中心に座位を続けることを避けるようにしましょう。またストレスは適宜入浴や趣味などでため込まないようにしましょう。その他、水分が不足すると尿が濃縮されてしまい悪化しますので、水分を細かく補給していきます。
薬物治療
主に排尿障害緩和用の薬剤や抗生剤、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、神経性疼痛用の鎮痛薬などを組み合わせて処方します。
α1受容体遮断薬(α1ブロッカー)
前立腺や尿道の平滑筋にある交感神経の働きにかかわるアドレナリンα1受容体の作用を遮断することで、前立腺の肥大を縮小する前立腺肥大症治療薬です。
抗生物質
細菌感染が認められない場合にも、レボフロキサシンやテトラサイクリンといった抗生剤を投与することで症状の改善が見られます。海外では6週以上の長期投与を推奨しています。
鎮痛薬
アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)といった鎮痛薬によって痛みを抑えることができますが、投与を止めると症状が再発してしまいます。
プレガバリン
近年、神経因性の疼痛の治療薬がこの疾患の治療に有効との研究があり投与されるようになりました。リリカという商品名でファイザー社が開発した薬です。
抗うつ薬
この疾患は近年の研究で神経系統の異常も関連しているのではないかということが分かってきました。そのためプレガバリンなどの神経因性疼痛治療薬だけではなく、神経系統の異常伝達を遮断する抗うつ剤、抗てんかん薬などの有効性が注目されるようになってきました。
植物由来成分配合薬
セルニルトン、エブピロスタットなど、西洋の植物由来成分による前立腺肥大症の治療薬の有効性も知られています。
その他
その他の治療方法としては、漢方薬を使用することや、鍼灸や理学療法として経皮的電気刺激、膀胱や肛門などの知覚や外肛門括約筋、外尿道括約筋などを司る仙骨神経刺激治療(SNM)といった治療法も有効とされています。
慢性前立腺炎に関するよくある質問
慢性前立腺炎は治りにくいときいたのですが
確立された治療法がまだ存在しませんので、治療を受けてもなかなか効果が得られず、治療をあきらめてしまったり、「ドクターショッピング」の状態に陥ったりしがちな疾患です。しかし、症状に合わせて様々な対症療法を組み合わせていくという治療方法は大きく変わるものではありません。
治療が長引くこともありますが、あきらめずじっくりと治療を続けることが大切です。
慢性前立腺炎治療中に性行為は可能でしょうか?
感染性の前立腺炎では性感染症の可能性がありますので、性行為は避けてください。しかし検査の結果細菌が発見されない場合は、性行為も問題ありません。
慢性前立腺炎と診断されましたが不妊症が心配です
前立腺で分泌される前立腺液は、精子に栄養を与えて活動的にし、精液を作り出す役割を担っています。そのため、前立腺に炎症がある場合は精子に十分栄養が行きわたらず、治療をしない場合妊孕性に影響が出るケースもあります。
ただし、この病気によって精子自体に異常が出ることはありませんので、胎児には影響は出ません。
慢性前立腺炎が続いておりがん化しないか心配です
慢性前立腺炎といっても前立腺に器質性の異常が見当たらないことが多く、炎症があっても発症のメカニズムが異なるため前立腺がん化する心配はありません。
前立腺がんは50代以上の高齢者に多く、この病気の多い年代層とは異なります。ただし心配な方は、血液検査でPSAの値を調べてみると良いでしょう。
慢性前立腺炎ですがPSAの値が高いと言われました。
PSAは前立腺から分泌されるたんぱく質の一種で、通常血中にはほとんど溶け込まれないですが、前立腺がんがあると血中濃度が高値になってくるため前立腺がんのマーカーとして使われています。前立腺に炎症があってもこのPSAの値が上がることがあり、4.0ng/mL以上になると前立腺がんの疑いと指摘されることもあります。多くの場合、炎症が治まると数値は低下しますが、高値が続く場合は生検を受けることをお勧めします。